〔10〕


「具合はどうだ?」

翌朝、病室で朝食を摂った後、一息ついていたところに亮が尋ねてきた。

「まあね。念のために3日くらい入院してろって言うからさ、一応は大人しくしてるよ」

「2日間も意識が無かったんだ、そうも言われるだろう。」

そう言って、ベッドサイドのパイプ椅子に腰掛けた亮は軍服を身に着けていた。

「アンタはいつ退院したのさ」

頬の腫れはすっかり引いた様子だけれど、まだ痣が少し残っている。

「ダニエラから聞いていなかったか?オマエが運ばれてくる前の日だ」

「へえ・・・。結構やられてた様子だったけど、もう良くなったのかい?」

たしか、腕やら肋骨にもヒビが入っていたとかダニエラから聞いたような気がするけど、
ギプスをつけている様子も無い。

あたしが横目で亮を見遣ると、いつもの笑みを浮かべて当然のように言った。

「動かしていた方が治りも早いってもんだ」

「そんなことだろうと思ったよ。」答えが予想通りで、あたしは思わず笑ってしまった。

「そうそう。ダニエラにはとんだ世話をかけちまってすまなかったね。ただでさえアンタの世話と
翔の世話で大変だったのにさ。」

「いや、気にするな。」

「――・・・で、あたしが誰にやられたかを聞きに来たんだろ?」

あたしは亮を覗き込むようにして口火を切った。

亮が入ってきたときから、そのことを聞き出しかねている事は雰囲気で良く解っていた。

あたしの意識が戻った昨日ではなく今日になって尋ねて来たことで、亮の気遣いが見て取れる。

その気遣う理由も、あたしを襲った相手に確信を持っているからだ。

「『忍』だよ・・・」

返事を待たずに、あたしはハッキリと言い切った。

「・・・」

亮は驚く様子もなく、静かに耳を傾けている。

あたしは視線を正面の壁に移し、「・・・・少なくとも、外見はね。そのままさ」

「・・・」

「アンタもそうだろ?亮。だから、アンタほどの男がああもコテンパンにやっつけられちまったってワケさ。
―――そりゃ、誰だって驚くよ。・・・死んだと思ってた仲間が目の前に現れて、しかも・・・自分に襲い掛かってくる」

再び亮へ顔を向けると、腕を組んで膝に落としていた視線を上げた。

「・・・ああ。オマエの言う通りだ、沙羅」

そして、一息置いて「・・・あの夜、隊から官舎へ戻って車を降りた俺の前に、突然アイツが姿を現し――
・・・何も言わずに襲い掛かって来た」

亮の次の言葉を待たずにあたしは言った。

「おまえたちに殺された」

「何?」

「『おまえたちに殺された』・・・・アイツはそう言ってたんだよ」

「俺たちに殺された?」

亮は怪訝な顔をして言葉を繰り返した。

「・・・どういう意味だ?」

「さあ。それが解ればこんなところでのんびり寝てやしないさ」

「・・・他には何か?」

「捨てられたオンナの恨み言みたいなコトを言ってやがったよ。――『この一年、俺はオマエのことを
忘れた事はないのに』ってね」

これはあたしの台詞だよ、全く。

この『忍』の言葉が妙に可笑しくなって、ハナで笑い飛ばしながら言うあたしを、亮は黙って見ていた。

「アイツは本物の『忍』だと思う?・・・本物なら、どうやってあの事故から生き延びた?」

「・・・あの事故から生き延びたとして、どうして一年も姿を現さなかったのか・・・そして、どうして俺達を
狙っているのか」亮はあたしの言葉に続けた。

そして、二人の視線が空中で絡まる。

「次に狙われるのは雅人か博士か・・・」と亮の声が病室に静かに響いた。

 

 

 

 
翌日、早々に退院したあたしは、その足で葉月博士の研究室に来ていた。

勿論亮も一緒で、葉月博士と雅人に事の次第を説明する為だった。

「じ・・・冗談だろ?」

部屋に置かれた応接用のソファに座り博士を囲んで話を終えた後、強張った表情で雅人はそう言ったきり
口を閉ざしてしまった。

いや、あまりの衝撃に言葉を失ったと言うべきか。

「・・・・」

そして、流石の博士も咄嗟には言葉が出ない様子だ。

右手でメガネを直し、少し間を置いてから「・・・本当に藤原だったのかね?」と、顔にこそ出さないが
少なからず動揺が窺える。

「少なくとも外見は忍そのものでした」その質問を亮が受けると、博士は確認するようにその横に座っている
あたしへ視線を移す。

「妙に腕っ節が強くなってたけどね。あれは・・・何処から見ても忍だったよ。そう・・・声もアイツの声だった」

「そうか・・・」

そう言って頷いたあたしの言葉を受けて、博士は再び沈思した。

「・・・『おまえ達に殺された』って・・・あの事故のことを言ってるんだよ、きっと」

雅人は自分の足元を見詰めたまま、ポツリと呟いた。

「忍・・・怒ってるんだよ・・・俺たち・・・いや、俺にさ」

「いい加減におしよ、雅人。アンタまだそんな泣き言言ってんのかい?あの事故が誰のせいでもないって事くらい、
アイツが一番良く解ってるはずさ」

「沙羅・・・」

あの事故を自分のせいだと感じて、この一年間自分を責め続けてきた雅人だ。

その自責の念から『忍』のこの行動に、責められているように感じるのは無理も無い。

実際に『忍』が発した言葉はそのことを十二分に匂わせているのだから。

「あの男が本物の忍かどうかまだ解んないだろ・・・それに、もし、本物の忍なら、何か深いワケがあるはずだよ・・・・。
―――・・・それにアイツはそんなふうに他人を恨んだりするようなヤツじゃなかっただろ?」

呻くように言ったあたしの言葉を、その場に居た皆が黙って聞いていた。

「――・・・結城の言う通りだ。どちらにしても現時点では判断材料が無さ過ぎる」

そして、「全てが謎ってワケだ――今の段階じゃな」と博士に続いた亮があたしへ視線を投げ掛ける。

それに頷いて応え、「だからさ――・・・アイツを誘き出してやろうよ」

これは、昨日亮と二人で話し合い決めたことだった。

今回の出来事はあまりにも唐突で、全くと言って良い程状況を読取る糸口が無い。

ならば、その手がかりを得るようにするにはどうしたら良いのか・・・。

二人が導き出した答えは一つだった。

「誘き出す?どうやって?」雅人が顔を上げてあたしを見た。

「バカだねえ、アンタも。そんなの簡単じゃないか。――あたしと亮が襲われてんだよ?次に狙われるのはアンタか
博士じゃないか」

「え?僕に囮になれって?」

漸く意図を察した雅人が、丸い目をより一層丸くした。ローラの台詞じゃないけど、本当に団栗眼になる。

「あたりまえだろ?博士に囮になれって言うのか?」亮が苦笑する。

「ちょ・・ちょっと待ってよ。亮と沙羅がこんなふうにやられてるんだろ?僕じゃ敵いっこないよ」

「ったく、情けないねえ。別にアンタにアイツを捕まえてくれ、なんて言ってないから安心おし」

「そうだ。オマエは大人しくエサになってくれりゃいい」

「そんなあ・・・」

「しかし、万が一のことがあっては・・・」

そう言う博士の心配顔を余所に「俺と沙羅で周りを固めますから心配要りませんよ」

「そうそう。博士は気楽にしててくれればいいって」

畳み掛けるように言うあたし達の言葉に、何を言っても無駄だと悟った博士はしぶしぶ了承した。

「そうか・・・。では君たちに頼もう。その代わり充分に気をつけてくれたまえ」

「そうと決まれば早速打ち合わせだな、雅人」

亮のその台詞に「ちぇっ・・・。僕はいつもこんな役回りなんだから・・・」と雅人はぼやいた。


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