「やっぱりまだ・・・、あいつのこと忘れられないんだな・・・。」
ショットバーのカウンターで、忍はバーテンの動きを目で追ったままポツリと漏らした。
隣に座った男性客から漂ってくる芳香は、紛れもなくシャピロがいつも身に纏っていたものと同じで、
自分でも気付かぬままその香りに気をとられていたあたしを忍は見逃さなかったのだ。
何言ってんのよ。
咄嗟に言おうとしたその台詞が咽に引っ掛かったまま、いつまで経っても出てこない。
むしろ忍のその言葉に急に現実に引き戻されたような気がして、一瞬、息が詰まる。
そんなあたしの顔をちらりと見ると、忍は苦笑を漏らしてグラスに残っていた琥珀色のウイスキーを
一気に飲み干した。
空になったグラスをカウンターに乱雑に置くと、あたしの手元にある2杯目のカクテルが少しも
減っていないのにも構わず、少し苛立った口調で言った。
「帰ろうぜ」
対ディラド戦の後、あたしはデザイナー、雅人は無事に解凍されて社長業に復帰。
亮はダニエラの元へと帰り、忍は空を飛び続けたいという想いから軍に戻っていた。
皆それぞれの道を歩み始め、あまり会うことも無かったけれど、あたしと忍は頻繁ではないけれど
互いに連絡を取り合い、二人で会うようになっていた。
そして、そんな時の帰りはいつも、あたしのマンションの前まで忍が送ってくれる。
・・・そう、マンションの前、まで。
それが今のあたしたちの距離。
二人の関係は少しずつ変わってきたようだけれど、並んで歩く時には、常に一定の距離が存在していた。
こんな曖昧な関係をこれまでずっと続けてきていた。
『アイツノコトワスレラレナインダナ』
忍の半歩後ろを歩きながら、あたしはさっきの台詞を何度も頭の中で反芻する。
言われなくてもわかっているのに、改めて念を押されたような不快感があたしを支配していく。
そして、ひとつの罪悪感を露呈させる。
――誰に?忍に?それともシャピロに・・・?
――何に対して・・・?
あたしの半歩前を、ひたすら無言で歩いていた忍が突然止まって振り返った。
「・・・、なに?」
感情に意識を奪われていたあたしは咄嗟に何が起こったかわからなかった。
「なにって、沙羅、おまえン家に着いたぜ?」
忍に少々呆れ顔で言われて、はじめて自分のマンションの前だということに気がついた。
「あ、ああ。ぼうっとしてて・・・」
送ってくれて、ありがと。いつもの決まり文句が出かかった瞬間、
「俺じゃ、ダメなのか?」低い、押し殺したような声。
街灯を背にして立っている忍の表情は、逆光になっていてよく見えない。
その代わり、忍からはあたしの困惑した表情が細部に至るまでよく見えているはずだ。
「忍・・・」
「いつまで経っても、俺はただの・・・戦友か?」
苛立ちを隠さず、まるであたしを責めるような口調だ。
あたしたち、二人の関係。
それは・・・。
返答に窮して忍から目を逸らそうとした、その刹那。
腕を引き寄せられ強引に重ねられる、唇。
「!」
深く、荒々しく重ねられる。
「――やめて!!」忍を撥ね退け、睨み据える。
忍の表情はやはり窺うことは出来ない。
逆光のせいじゃない。堪えようとしても、次から次へと瞳から溢れ出してくる涙のせいだ。
「バカヤロウ!」
あたしは、忍の横っ面を思いっきり張り倒して、マンションへ駆け込んだ。
「いってぇ・・・」
忍の小さな呟きが、まるで耳元で囁かれたかのように鮮明に聞こえた。
「ちくしょう・・・!」
部屋まで一気に駆け込んだあたしは、玄関に入った途端、その場にへたり込んでしまった。
忍、確かにアンタの言う通りさ。忘れてなんていないさ。
シャピロをまだ愛している?
違うよ、そんなんじゃない。あたしの中でそれは既に終わらせたこと。
宇宙へアイツを解き放ったことで、ケリをつけることが出来たこと。
なのに――、あたしが、アイツを愛して、憎んで、殺した・・・。その事実が柵となって、
あたしの身動きを妨げる。
だけどね、忍、あたしがシャピロを忘れられないだけじゃない。あたしにそれを思い出させるのは誰よ?
あたしの内に出来てしまった傷が少しずつ固まって、ようやく触れられくらいになった頃に、アンタは
何気ない仕草や言葉で、時にはさっき投げつけてきたような辛辣な言葉で――、あたしにシャピロを思い出させる。
血が流れて、それが固まって、新しい瘡蓋になって、自然に剥れ落ちようとする前に強引に引き毟られて、
また新しい血を流す。
これを今までどれだけ繰り返してきたことか――。
ふと、あることに思い当たった。
忍にとってシャピロは・・・?
シャピロには敵わなかった自分。
あたしがシャピロを愛していた過去。
忍にとってもシャピロの存在は柵になっている・・・?
「あは、はは・・・。」
途端に笑いが込み上げてきた。
忍、アンタはまるで他人事のようにあたしを責めたけれど、あのままあたしがアンタの腕に抱かれて
いたとしたら、それを素直に受け止めることができたの?
戸惑いと疑いを隠せないはず。
互いの中に棲み付いているシャピロの幻影を消さない限り、あたし達は次の段階へは進めない。
けれど、相手にシャピロの影を見出して、その幻影を消すことが出来ずにいる。
本当の想いは・・・たぶん分かっているはずなのに。
「これじゃ・・・、このままじゃあたし達、始まる前からだめになっちまうね・・・。」
そう呟いた唇に残っている忍の体温が、とてつもなくあたしをせつなくした。
あの夜から2ヵ月、あたしはショウの準備で忙しく、仕事に追われる毎日だった。
おかげで、シャピロや忍のことをあまり考えなくても済んでいた。
単に逃げていることは良く解っている。
どうしたら、この柵から逃れられるのだろうか?
この日、久しぶりのオフだったけれど外出する気にもなれず、ひとり、部屋でそんなことばかりを
考え鬱々と過ごしていた。
「沙羅か?」
「ああ。亮、どうしたのさ?あんたが電話かけて来るなんて珍しいじゃない」
携帯電話から聞こえてきたのは、亮の声だった。
最近、気が向くと軍に顔を出していると忍から聞いてはいたが、殆ど会ってはいなかった。
久しぶりに聞く亮の声は、心なしか緊張しているようだった。
「沙羅、おまえは今どこに居る?」
「どこって、今日はオフだからね、自分の部屋だよ。それが何?」
「すぐに基地に来れるか?・・・忍が訓練中の事故で重傷を負った。今手術中なんだが・・・」
「ええっ!?忍が!?一体どうして?」
「細かい説明は後で。・・・実は・・・少々危険らしい」
「わ・・・、わかったよ。すぐに行く!」
忍が危ない?嘘でしょ?
あんな、殺しても死なないような、あいつに限って――!
あたしは取るものもとりあえず、バイクのキーを持って部屋を飛び出した。
バイクに跨ってキーを差し込もうとするけれど、キーが鍵穴を叩く音がやたらと大きく響いて聞こえる。
早く、早く行かなきゃ・・・!
忍、忍――・・・!
やっとの想いでバイクを発進させると、飛ぶような勢いであたしは基地へと向かった。
お願い、死なないで――!
「沙羅、こっちだ。」
「亮!忍は?忍の様子はどうなの?」
基地内の病院の玄関前にバイクを止めると、ホールで待っていてくれた亮のところへ駆け寄った。
「手術は終わったんだが・・・。とりあえず病室に移されている。こっちだ」
亮に促され、病室へ向かう。
廊下を走り出したい衝動に駆られるがそうするわけにはいかず、必死で運ぶ足は時折縺れそうになる。
「どんな事故だったの?」
「操作中にシミュレーション機のハッチが開いて振り落とされた」
「シミュレーション機から?」
シミュレーション機といえど、獣戦機隊のそれは激しい動きを出すため、かなりのスピードと高低差を
出すことができる、大掛かりなものだ。
最高度はおよそ10メートル。
例え、そこからでなくても勢いがついているはずだから、振り落とされればその衝撃は相当なものだろう。
「そ・・・それで、忍の様子はどうなの?手術はうまくいったの?」
高まってくる鼓動と息苦しさに、胸を押さえながら亮に問いかける。
亮はそれに応えず、「この突き当りの部屋だ。」そう言って先に廊下を曲がる。
病院特有の無機質な廊下の突き当たりに、亮が指し示した病室のドアが見える。
ほんの数メートルなのに、とてつもなく遠く感じる。
その中には信じたくない現実が横たわっているような気がして、足を踏み入れるのが恐ろしく感じた。
先にドアの前に立った亮が、あたしの顔を見て促す。
恐る恐る近づいたあたしが、ドアのノブに手を掛けようとしたその瞬間、
「おい、いつまでここに居なきゃいけないんだ?」
―――・・・、へっ?
し・・・、忍の声・・・?
あたしはドアを勢い良く開けた。
「忍!?」
「なんだよ、沙羅。血相変えて。」
頭に包帯を巻いた忍がベッドの上に座っていて、あたしの登場に少なからず驚いたようだ。
その傍らには、スーツ姿の雅人がにこやかな表情で立っている。
「忍・・・?あんた・・・、大怪我して危なかったんじゃないの?」
「大怪我ぁ?何のことだよ。そりゃ、シミュレーション機から落ちたけどよ、この通りピンピンしてるぜ?」
忍はわけが分からないといった表情であたしを見る。
あたしは状況が飲み込めなくて、亮の顔を呆然と眺めた。
「詳細は雅人に聞いてくれ。俺は頼まれただけだからな。」
亮は壁に凭れて腕を組み、いつもの笑みを漏らしながら言う。
「あーっ!ずるいよ、亮〜!僕のせいばっかにしてさ〜」
「言い出しっぺはおまえだろ?俺はお前に頼まれたことをやったに過ぎん。」
亮はしれっとして言う。
徐々に頭の回路がつながってきたあたしは、ようやくハメられたことに気がついて、怒りが込み上げてきた。
「ちょっと、雅人!どういうことなのさ?説明しな!」
雅人に詰め寄ると、「わわっ!沙羅、待ってよ!ちゃんと説明するからさ!」あわてて跳びずさり、ちらりと
忍の方を見ると話し始めた。
「誰かさんが、ここんトコ元気がなくってさ〜」
「誰かさんって、誰よ!」
「そんなに噛み付かないでよ〜。分かるでしょ?忍だよ〜。この前さ、一緒に飲みに行った時にさ、沙羅と
喧嘩したって、そりゃもう落ち込んでてさ。見ていられないくらい」
「おい!雅人!いつ俺が落ち込んでたよ!?いい加減な事言うな!」
忍は勢いよくベッドから降りようとしたが、「いってぇ〜」背中を押さえて動きを止めた。
「え?忍?」思わず駆け寄ったあたしに、亮は落ち着いた口調で言った。
「重傷ってのは嘘だが、ハッチの不良で振り落とされたのは本当のことだ。怪我の具合は見ての通り。
ま、本人がベルトをしっかりしていれば防げた事だがな。それほどの高さからじゃなかったが、あの勢いで
振り落とされて、これだけの怪我で済んだのは悪運が強いと言うべきか・・・。どちらにせよ本人の不用意からの事故だ。
心配には及ばん。」
「亮!てめぇ・・・」思わず腰を浮かしかけた忍だが、背中が痛むのか、顔をしかめて動きを止める。
「ばか、じっとしてなよ。痛いんだろ?」
咄嗟に忍の背中に手をまわすと、忍は驚いたようにあたしの顔を見つめた。
「ほーんと、世話が焼けるよね〜。そうそう、それでさ、今日たまたま遊びに来てたらこの事故だろ?
仲直りのきっかけを作ってあげようと、この雅ちゃんが考えちゃったわけよ。」
「全く、お節介が過ぎる」
「なんだよ〜、亮!亮だって面白がってたくせに〜!」
何よ?要は、遊ばれちゃったってワケ?
「雅人、あんたって人は〜!亮があんな事言うから、本気にしてたのよ!あたしがどれだけびっくりしたと
思ってんのさ?冗談が過ぎるよ・・・!」
怒ろうと思うのだが、妙に拍子抜けしてしまい、さっきまでの迫力が出ない。
「まあまあ、落ち着いてよ。沙羅だって、忍と仲直りしたほうがいいんじゃないかって思ってさ。
――ほら、もう仲直りも出来たようだしね。うん。」
雅人はあたしが忍の背中を支えている姿を眺めると、悪戯が成功した子供のように満足気な顔をした。
あたしは思わず忍から離れる。
「んじゃ、邪魔者は消えるから、後はお二人さんで仲良くやってね〜。忍も沙羅に看病してもらえて
よかったじゃない〜。じゃね〜。」
そう言い残すとさっさと病室を出て行く。
「雅人!おい、待てよ!!この〜、覚えてろよ!!」
追いかけられない忍の怒鳴り声に、廊下から「忍〜、怪我治ったら飲みに行こうね〜」と声だけ投げてよこした。
「全く、今日はとんだ座興だったな。お前たちにも世話が焼けるぜ。ま、ここまで段取りしてやったんだ。
忍、うまくやれよ」
「うるせえ!誰もお前なんぞに頼んでやしねぇぞ。余計なお節介焼きやがって!」
忍が亮の皮肉に少し顔を赤らめて怒鳴り返した。
「怪我が治ったら祝いでもしてやるよ。じゃあな。」そう言うと亮も病室を出て行った。
「――全く、あいつら・・・!」
二人が出て行ったドアの方を見ながら忍は舌打ちをした。
あたしは、忍の姿をまじまじと眺めていた。
病院の患者用の白衣を着て、頭に包帯を巻いているのはすぐにわかったが、よく見ると白衣の胸元からも包帯が覗いている。
「忍、怪我の具合はどうなの?胸のところも包帯巻いてるんでしょ?」
「ああ、背中とわき腹をちょっとやっちまったからな。肋骨にヒビ入ってるってさ。」
「シミュレーション機から落ちたって、どうして?」
「まあ、その、亮の言った通りなんだけどよ・・・。」
「ベルト締めてなかったって、どうしてそんなことしたのよ?」
あたしの矢継ぎ早の質問に、忍は目を逸らしながらしどろもどろ答える。
「いやあ・・・、今日のプログラムではそんなに激しい動きはしないはずだったから、つい・・・」
「じゃあ、どうして振り落とされるようなことになるのよ?」
「調子がよかったもんで、つい・・・」
「つい、ついって、アンタいつもそれで失敗してるくせになんでやめないのよ?」
「ったく、オマエは心配で来たのか、イチャモンつけに来たのかどっちなん・・・」
忍はあたしに向き直ると、はたと言葉を飲み込んだ。
あたしの瞳から涙が堰を切ったようにとめどなく流れている。
――忍が無事で、本当によかった。
騙された事に対する腹立たしさより、ただ、忍が無事だったことが嬉しかった。
そして、自分にとって、忍がどれほど大きい存在であったかを実感していた。
――あたしは、今まで何をこだわっていたんだろう。
忍がいてくれたからこそ、シャピロとも決別ができたはず。
いつも、あたしがしてきたことを見守ってくれていた。
そんな忍の存在が、あたしを支えてくれていたのに、目先の自分に捕らわれて、真実が見えなくなっていたのだ。
「本当に、本当に心配したのよ・・・。」
「沙羅・・・。」
忍は戸惑いがちにあたしの頬に手を寄せ、指先で涙を拭う。
「沙羅・・・。ほら、もう泣くなよ・・・。オマエらしくもねえ・・・。」
「――あたしさ、ずっと罪悪感を持ってたんだ・・・。シャピロに対して・・・。」
「・・・・。」
「・・・もっと別の・・・別の方法があったんじゃないかって・・・。」
「オマエのした事は間違ってないはずだぜ。選択肢は他にはなかったし、アイツは助けられることは
望んでいなかったはずだ。あの時も、もちろんその前もだ。」
「・・・分かってる。でも、その想いに捕らわれて、アイツを拭い去ることが出来ずにいた。・・・忍、アンタが
あたしの事・・・大事に想ってくれてるのは・・・感じてた。だけど、シャピロのことにこだわってる自分から
抜けられなくて、それが、申し訳なくて・・・。」
忍はあたしの言葉に黙って耳を傾けている。
「でも、さっき、アンタが大怪我したって・・・危ないって聞いたとき・・・ただ、アンタを失いたくない、
それだけしか考えられなかった・・・。」
「沙羅・・・。」
「忍・・・、アンタのことが・・・好き・・・。」
「沙羅・・・。」
少し遠慮がちに、忍の大きな手があたしの頬をそっと捉える。
視線が絡み合い、どちらともなく顔を近づけようとしたとき、
「っいって〜・・・」傷が痛んだのか、忍は顔をおもいきり歪めて動きを止めた。
「まったく、決まらないんだから!」
可笑しくなってあたしは思わず笑ってしまった。
「仕方ないじゃんかよ。痛いもんは痛いんだからよ。」
プライドが傷ついたのか、忍は拗ねてぼやいた。
「怪我が治るまでお預けね」
「ちえっ。あーあ、情けねえなあ、全く」
「自業自得よ」
「だけどよ、そのおかげで誰かさんが告白してくれたからな〜。」と得意気に言ってあたしを見る。
「ばか言ってな!」さっき言ったことを思い出して赤面してしまう。
そして、忍は急に真剣な顔をして言った。
「沙羅、俺もオマエに謝っておかねえと・・・。俺自身も、シャピロに対するこだわりをずっと持ってたんだ。
――お前がまだアイツに惚れてるって・・・。俺じゃやっぱり敵わないのかって・・・。それをオマエにぶつけちまって・・・。
あの時は悪かった。」
「忍・・・。」
「――好きだ、沙羅。これからもずっとオマエと・・・一緒にいたいと思ってる。」
「・・・。」
あたしは忍の胸元にそっと頭を預けた。
忍は傷が痛まないようにゆっくりと腕を動かし、あたしを抱きしめる。
忍に包まれて、その規則正しい鼓動を聞きながら、とても安らかな気持ちになっていた。
心が重なるということは、こんなにも人を幸せにするものだったのだろうか。
「忍〜、具合どう〜?」突然声がして、慌てて忍から離れて振り返ると、雅人がローラを連れて病室のドアを
勢い良く開けたところだった。
「あれ〜・・・・・。マズイところにお邪魔しちゃったかな?ね、ローラ。」
雅人はあたしと忍の様子を見て、ニヤニヤしながら言う。
「もう、雅人ったら」ローラは返答に困って苦笑している。
「バカ言ってな!」あたしは赤らんでくる頬を悟られまいとそっぽを向く。
「で、何の用なんだよ、雅人」
冷やかしには応えず、剥れ気味の忍が雅人に話を振ると、「ローラがちょうど博士のところに来ていて、
忍の話をしたらお見舞いに行くって言うからさ」とローラへ目配せをする。
「たいしたことがなくて良かったね。」ローラは雅人から話を聞いたのだろう、くすくすと笑いながら
忍とあたしを交互に見た。
「ローラ、アンタまでかい?雅人の影響かしら。付き合う男変えたほうがいいんじゃない?」
「沙羅ぁ、そりゃひどいよ〜。ね、ローラ」
「沙羅の言う通りかも」ローラは悪戯っぽく微笑んで雅人を見る。
「ローラまで・・・。」雅人はがっくりと肩を落とした。
が、すぐに立ち直り、「そうだ、パーティーの用意しなくちゃね!」
「パーティー?何の?」あたしが訝しげに尋ねると、「そりゃあ、忍と沙羅の婚約パーティーじゃんか!
『ずっと一緒にいたい』なんて、いいプロポーズだったよ、忍!」
「!!」
あたしと忍は同時に顔を見合わせると、「雅人、オマエいつからそこにいたんだよ!?」忍が顔を真っ赤にして
ベッドから一気に立ち上がった。が、案の定、顔を強張らせてその場に立ちすくんだ。
「ちょうど来たときにさあ、ドアが少〜し開いてたから、聞こえちゃったんだもんね〜。わざとじゃないってば。」
「てンめぇ〜!」忍が怒り剥き出しにしてを雅人に詰め寄ろうとするが、やっぱり背中を押さえて立ち止まる。
「ちっきしょ〜!雅人、怪我が治ったら覚えてやがれよ!」体が思うように動かせない忍は精一杯の悪態をつく。
「もう、忍。じっとしてなよ。雅人、アンタ、ふざけんのも大概にしときなよ」
あたしは何だかこの状況が可笑しくなって怒る気も失せてしまっていた。
「まあまあ、とにかく早く治してね、忍。これで僕らは退散するから、続きをごゆっくりどうぞ〜!とにかく、
治ったらみんなで飲みに行こうね〜」
雅人がローラを引き連れて逃げるように去っていった。
「なんなんだよ、アイツは・・・」忍は半ばあきれたように呟いた。
「ただ単に暇で、からかいに来ただけだったんでしょ」
「ったく、仕方ないヤツだな・・・。社長さんってそんなに暇なのか?式部重工大丈夫かよ?」
「さあ?いてもいなくても一緒なんじゃないの?・・・・そういえば忍。雅人が言ったように、あれはプロポーズも
含まれてたわけ?」ため息をつく忍に、あえて問いかけてみた。
「えっ・・・!いや、そこまで深い意味でも・・・・いや、そうじゃなくて、今すぐとか、そういうんじゃねえけどよ、
将来的にはそうなればいいかなとは思うけどよ・・・。その、あくまでも俺の希望っつーか」
突然の問いかけに、忍は顔を赤らめてしどろもどろに答えたが、「そういうオマエはどうなんだよ?」と逆に聞き返してきた。
「そうねえ、・・・まあ、あんたの努力しだいね」
冷やかすように忍を見る。もちろん、答えは決まっている。だけど、それを素直に認めてしまうのはどうにも癪だ。
「素直じゃねえな。誰かさんはよ」
「仕方ないでしょ。あきらめな」
「ちぇっ、かわいくねえなあ」
「結構よ。アンタにかわいいなんて思われたくないわよ」
ふくれてそっぽを向くと、次の瞬間、肩を引き寄せられ忍の腕の中に納まっていた。
「ちょっと・・・」
「怪我が治るまでなんて、待ってられねえよ・・・」
そう言って、忍はあたしの顔を上に向かせると、そっと唇を重ねた。